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         松本彫刻          

今、何故徒弟制度か  
徒弟制度における人間性と創造性〜 
獨協経済第61号 1995年3月 紀要原文に 若干の校正をほどこし、読みやすくしました  





   

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 ● 徒弟時代は人間教育の場。

 ここでほとんど話がない、「よろしくお願いします」「しっかりやりなさい」でおしまいですが、徒弟の年限が何年であるか、これは非常に重要なことです。大体木彫業の年限は5年が常識的です。
 木彫業だけでなく、家具屋さん、建具屋さん、いわゆる木工職人といわれる職業の平均的な年限は5年です。
 浮世絵の版木を彫る彫り師は10年と聞いておりますから木工業では5年から10年が年限です。そこで約束の年限が取り交わされる。これは確実に守らねばならないことになります。
 この入門した徒弟は子供です。それを預かる親方、またその奥さんをおかみ(女将)さんと呼んでおりますが、この親方・おかみさんと徒弟とは、大人と子供という決定的な違いがあります。そこで親方・おかみさんは、人様のお子様をお預かりして一人前にするという一つの自覚をもってこれに当たるのが常識でした。
 ですから、ここで職業教育を5年にわたって授けるということのほかに、人間として一人前の大人にするという考え方がここに加わっていたわけです。
朝起きたときには「おはようございます」、ごはんを食べるときは「いただきます」、食べ終わったときは「ごちそうさまでした」、いわゆるマナー、テーブルマナーを大人と子供という圧倒的な力関係の中でたたき込む。知識でわかっただけでなく実行させることが、親方にとってもおかみさんにとっても重要なことであるという位置づけがなされておりました。
また、このような徒弟制度における工房は男の多い職場で、おかみさんは非常に忙しい。そのために現在家事労働といわれている分野も徒弟の仕事として教えることが一般でした。
主なお使いは、職人の世界では3時におやつがある。したがって、3時のお茶を出したり、3時のおやつを買ってくる。これが徒弟の仕事です。
お茶を上手に入れるということは重要で、これができるようになると、今度はお客様がお見えになったときに、おいしいお茶を一ぱいごちそうすることになります。
かなり社会的地位の高い方、金銭的にも豊かで重要なお客さん、またそうでもない人、すべてお茶一ぱいの接待というのが職人の世界の常識的な雰囲気でした。
したがって、お茶っ葉をいかに少なく、しかも上手においしく入れるかということが重要です。
今でも私は「自分で飲むお茶は自分で入れる」と、冗談まじりに言うことがありますが、お茶をちゃんと入れることのできる人が少なくなったと感じるわけです。
そのほかに家事労働と一般的に言われている掃除・整理整頓、これも重要で、作業場をきちっと整理整頓する、これは能率に直結する、また美的センスの一端であるため、そのやり方が厳しく教え込まれ、これが徒弟の仕事ということになります。

● 人の心

 八百屋さん、魚屋さんという献立に直結するようなお使いはさせないのが常識ですが、ときどきは「お豆腐を買ってきて」というようなことが、「悪いけど行ってちょうだい」という形で行われました。
 和菓子屋さんお豆腐屋さんのお使いは、お金を払う側ですから、これは相手のお豆腐屋もにこやかに「毎度ありがとうございます」と言ってくれます。当たり前ですが、これは楽な仕事。それに対して同じお使いでも品物を納品して、代金をいただくということになりますと、子供にとってはかなり難しいお使いということになります。そして態度が悪い、マナーが悪い、礼儀正しくないと、相手方のご主人が、「今ちょっと番頭さんが忙しいからまた後で来てくれ」というふうに簡単に断られてしまう。仕方ない、納品して品物は置いて代金をもらえずに帰ってくる。
 そうすると親方が「領収書にきょうの日づけが書いてあって、持って帰ってきては困る、もう一回行っていつお伺いすればいいか聞いていらっしゃい」ということで、今来た道を戻って聞きに行く。
 徒弟制度における徒弟の時代、難しい、つらいということは大体こういうようなことが一般的に多かったんです。そして今度は少しは考えます。礼儀正しく「先ほどはどうもありがとうございました。この次いつお伺いしたらよろしいでしょうか。」そうしますとお店のご主人がだいぶわかってきたなということでにやにやして「おいちょっと番頭さん、今払ってやってくれ、むだ足かけて悪かったな、親方によろしく」
 この時初めて徒弟は「ありがとうございます。」単に形式だけでなく本当に心からありがたいと思う。
 人情の機微というか、人の心というものを自然にこういう形で覚えこまされてしまうのが、徒弟の5年間です。


                                  



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