高聲寺、客殿玄関の文化的増改築
                   浄土宗 藤田山道場院 高聲寺 藤本顕了師  茨城県 坂東市

はじめに


 

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 この御報告は高聲寺御住職、藤本顕了氏に、客殿玄関欄間を納品するにあたって提出した、お寺に古くから伝わる竜蛙又の修復報告書の一部を改変し、その後知りえた事、又、その他の製作全般の概要を追加し、集成したものです。

 竜蛙又の修復はそれ自体重要な事柄ではありますが、これは客殿玄関部分の、かなり大規模な増改築工事、半年間に及ぶ仕事の一部であり、更にこの工事全般も、御住職が25年以上にわたって心血を注がれた高聲寺整備の一環です。

 私ども、松本彫刻に対する御下名だけでも……
(1) 竜蛙又を取付けるケヤキ盤(1寸5分厚)の両側に「雲」を彫りこむこと
(2) その裏側(玄関内)に「雲に鳳凰」の浮き彫り(彫刻の最大深さ、8分)をすること
(3) 上記(1)(2)の欄間の框の設計・監督(工務店様 製作)
(4) 玄関車寄せの正面と側面の虹粱(こうりょう)に付く大小2個の蛙又の設計・製作
(5) 玄関内、上り框、左袖壁上部へ取付ける寺紋「月輪に抱茗荷(みょうが)」
  (直径8寸、厚み1寸5分)の製作
  以上が、加わりました。(いずれも工務店が取付け)

 更に車寄せと玄関内の天井には、ケヤキ材による二重格天井(工務店製作)のます内に、江戸時代もしくはそれ以前の極めて優れた名品群、の格天井板絵がはめ込まれました。この板絵は元々開山堂に92枚付いていましたが、京都の専門職に洗浄させた上、その大半が使用されました。
 高聲寺は向かって左から御本堂、客殿、庫裏が一体となって並び、この寺院を訪れる人は、特別な儀式を除き、客殿玄関から上がって左に折れ、廊下を通って御本堂の側面に至ります。そのため客殿玄関は実質的に御本堂の入口でもありますから、重要な役目を担っています。
 それはともかく、私共が半年間の納期を頂戴し、この間寝食を忘れてこの御下名に没頭させていただくことになった動機は、御住職の寺院整備に対する御熱意もさる事ながら、竜蛙又の持つ、圧倒的な魅力です。
 私達、今の日本人は、幕末から明治維新にかけて流入した、ヨーロッパ文明が持つ、堅牢な合理性に基づくリアリズムの伝統から発したバリエーション、デフォルメ、近代美術の流れを当然のこととしてきました。
 私自身、この世に存在しない竜は、人類の遠い先祖が畏れ尊んできた恐竜の記憶が竜を生んだものと想像し、恐竜の骨格を今に伝える、爬虫類・両生類のデッサンを元に、より優れた竜を目指して造り続けてきたつもりです。
 しかし、この竜蛙又は、江戸時代初期から、室町時代以前まで遡るかもしれない製作時期において、西欧のリアリズムとは異なる美意識、東洋的な価値観から生まれたことは確実です。
 この竜の作者が、リアリズムそのものを否定していないことは、全面を覆う鱗の表現によっても明らかです。2本から3本という極めて少ない丸ノミを巧みに使い、大きな鱗から小さな鱗へ少しづつ自然につなげていく技術がこれを物語っています。
 大胆なデフォルメと細部のリアルな表現の共存は、江戸時代末の浮世絵(春画)、伊藤若冲の絵画を連想させますが、彫刻表現は全体として絵画に基づくリアリズムを取り入れないと製作不可能な要素を持っているにも関わらず、このような近代的表現に達していることに驚かされます。
 この竜は極めて壊れやすく出来ていますが、作者は「壊れるかもしれない」心配をしなくても良かったのです。これが造られてから何百年間も、これが捨てられることはありませんでしたし、真剣にこれを再生しようというものが現に現れました。
壊れて捨てられる、壊れる前から、何の価値も認められず捨てられる作品が、いつの時代でも圧倒的に多い中で、私共は、更に何百年間も完全な形で残るべく修復したつもりでおります。それでも壊れるかも知れないことを私は心配しておりません。その時はまた、私共と同じように考えて、修復する人が現れるでしょう。
 そして、この竜に恥じない仕事をしようとした未熟な平成の木彫り職人の、半年間に及ぶ指、腕、肩、腰の痛みが何の苦痛でもなかったばかりか、素晴らしい日々であったことを御感じいただければ幸いです。

 言うまでもなく、いかなる仕事にも困難は付きものです。完璧を目指せば目指す程、創造性を求めれば求める程、困難は大きくなります。それを様々な言い訳をもって「だから、ここまでしか出来ませんでした」というのは製作者、職人の立場を自ら否定するものであり、大げさに言えば自己否定です。そこを何とかするのがプロです。

 ケヤキ材は産地によって、また、それが生育した山の斜面等の立地条件によって、更に同じ木材でも木取る個所、木取り方によって、千差万別の様相を呈しますし、乾燥状態によっても加工条件は全く違ってきます。それ故私は、ケヤキ材を御支給いただく場合は、材料を見せていただいてから見積りをすることにしております。木彫に向かない材質の場合は、製作日数を余分にかけても、最良の仕上り状態で納品しなければなりません。又、乾燥が不充分な材料の場合は、最速の乾燥方法を採用し、それでもなお後日亀裂が生ずるようなことが明らかな時は、お待ちいただかなければならなくなります。
 御住職、藤木顕了師におかれましては、流石25年間、職人を指揮なさってこられただけのことはある、と感服いたしました。ケヤキ材が先に搬入されてからの見積り御依頼でしたし、納期も半年間を頂戴いたしました。最良の製作に必要な条件は全て満たしていただきました。

 お蔭様で、通常ならかなり困難な要素をクリアできました。師は「ここまで御配慮いただいているのに不充分な仕事を納めることは恥ずべきことだ」という気持を職人に起こさせるリーダーシップをお持ちの方です。
 一方で、如何なる仕事でも、「完璧な結果」を生み出した直後ですら、むしろそのような場合には尚更、反省点が生まれるのが常です。意図した結果が完全に実現した途端、意図そのもののレベルが劇的に向上するからで、仕事はそうあらねばならないと思います。それ故、製作過程における困難とその克服は、出来る限り正確に記録し、問題点を明らかにしておくことは大切なことであると思います。それは次の段階のステップになり得ますし、更なる向上につながるでしょう。少なくとも同じ様な非効率を繰り返すことは避けられます。
 以上を含め、師の適切なる御指導の元、この名誉ある機会を頂戴し、多くのことを学ばせていただきました。
 ここに藤本顕了師に対し、心からの感謝の意を表し、改めて本小冊子を、謹んで献上させていただきます。

平成26年10月吉日   松 本 孝 夫

高級木彫刻のオーダーメイド